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【台風12号被害】 裏本宮道・一の水峠道を歩いてみた その1                     〜熊野市駅〜瀬戸の台風の爪あと〜


 ごく一部しか歩いたことなかったので、前々から踏破してみたかった熊野市街地(井戸)〜赤倉の一の水街道が、台風12号のあとどうなってしまったか気になったのと、奥熊野発フリーペーパー「KUMANO JOURANAL」の秋号で赤倉を取り上げる際に、なんらかの切り口でこの街道を紹介したかったので、調査もかねて歩いてみました。山中の街道へのエントリーまでは、現在は通行止めになっている神川町へアクセスするための県道34号線。復旧までだいぶ時間がかかりそうだとは聞いていたけど、行けるところはこの目で見てみようかと。
 赤倉では、三重の里いなか旅のススメ2012の取材のためにライターさん&カメラマンさんと午後に落ち合うことになっていたので、熊野市駅を9時ごろ出発。1ヶ月前に氾濫して大被害をもたらした井戸川沿いを上流に向かって歩きはじめました。
 写真の大岩・・・その下には破壊されたコンクリートの壁。こんな岩がごろんごろん流れてきて、埋め尽くされている、いつも神川や赤倉へ行くときに見慣れていた景色は一変していました・・・


まんなからへんに、小さな昭和風の(?)欄干のない沈下橋があったところ。沈下橋は壊れて、一部だけが残っていました。川原には植物がいっぱい生えていて、風情のある風景が広がっていた場所です。周辺の家はほとんどかなりの高さまで浸水。
   

こんなかんじですが片側通行で車が通行していました。瀬戸のあたりまでは車でなんとか行けるのですが、神川町まではまだ抜けることができません。大峪トンネル手前で、12号のときに半分道路が落ちて、15号で全部落ちたようなところがあるそう。神川町のかたたちは、五郷町経由で熊野市街地に行き来しています。
        
地元住民のかたや復旧関係の車のみ通行しているかんじです。

       
    

左上に見える白いガードレールは、大馬神社へ行く道。
  
電信柱がぽっきり折れて、川原に
立ってる。
   

 瀬戸の集落につきました。ここは棚田が広がる美しい集落。下のほうの家は軒並みかなりの大被害を受けていて。。。言葉がでません。右側の赤い建物は神社ですが、中はもぬけの殻、水の通り道になっていたようです。1ヶ月が経ちますが手つかずのところが多すぎて、驚くばかりです。
 裏本宮道ともいえる一の水街道は、この集落から赤倉へ、そして育生、北山、十津川を経て本宮へ至ります。かつては街道沿いに関所も設置されていた、主要街道のひとつです。
   
       
 その2 〜瀬戸の集落から一の水峠〜 お地蔵様は無事。 へつづく  
    


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